#プリンはおやつに入りません

私の個人見解をダラダラと書き残す

Twitter Flickr Instagram

【スポンサーリンク】

コロナ許さん その1

またインスタグラムに長いポエムを投稿したので見ていただきたい。

 
 
 
この投稿をInstagramで見る

やよい軒 やよい軒といえば定食についてるご飯が自分でおかわりし放題という最高にクールなサービスがあるのだが、やはりこのコロナ禍のせいで自由におかわりできるサービスは中止だった。(代わりに店員に言えば無料でおかわりできる) そうなのかと残念に思いながら店内を見渡すとところ狭しと設置されたアクリル板、ひっくり返って座れない椅子等々ありとあらゆる新型感染症対策が目につく。 おかわり無料は変わらないけどやっぱり自分で注ぎたいよなあとセルフサービスで注いできたお茶を手に自席に戻ると目についたのがこれ。 割り箸が裸のまま、カウンター席の正面に。束、裸のまま、である。カウンターの隣席(おそらく席数減らされて2つ隣のはず)を見るとアクリル板ボード。でも裸のままの割り箸の束。 なんか違うんだよなあと違和感を感じながら3種のチーズハンバーグ定食(910円税込)を食す。ご飯がなくなりしぶしぶ店員を呼ぶボタンを押す。店員がやってきた。 「おかわりお願いします」 食事中なのでマスクは、未着用の俺 「承知しました、大盛りですか?」 と店員 「大盛りで」 と当初予定していた会話より多く接触してしまう。ごめんよ店員僕の飛沫が。 そしてきっちり米粒まで食べきった茶碗を店員に手渡しで渡す。当然食事中なので消毒行為もない。 数十秒後、ご飯が丁寧に山盛りになった茶碗が店員から運ばれる。俺ならこんなにきれいな山にしない。しゃもじで注いでそのままの形を残すんだ。昔父親にご飯を継いだときに「しゃもじで固めるな」と言われたような記憶からそうしているのである。そのほうがご飯がふわふわで美味しいんだ。そう思っている。持論。 3種のチーズハンバーグが終盤に差し掛かるとお腹からの圧迫を感じる。この圧迫、つまり”お腹もう一杯”という感情、いや感覚を得たときもし自分がご飯を注いでいたときであれば「次からもっと減らさないとなあ」と自責の念に駆られるんだが人に注いでもらったご飯だと「こいつ、多い」というような恨みだったり、わざわざ注いでもらったのに食べ切れなさそうという焦りというだったり「もっと細やかな量の支持をやっておくべきだったなあ」という反省だったりいろいろな感情が巡る。自分で注いだらそんなことないのに。 つまり何が言いたいか、そう俺の愉快なやよい軒ライフを奪った #コロナ許さん

Yuki Kitamura(@custard_pudding)がシェアした投稿 -

 

冷静に考えたらご飯おかわりできないくらいで熱くなりすぎなんだといえばそうなんだけど俺にとってやよい軒は"ご飯おかわり"なんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もし他人がここまで熱くなってたら外食するなよってアドバイスになるな。