#プリンはおやつに入りません

私の個人見解をダラダラと書き残す

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#朝ドラおむすび 第25週感想 [終]

最終回からだいぶ間を開けてしまった。なんとか最終回までに第25週の木曜日分まで見てリアタイに成功したもののその後感想をかこうも、「まああとでええか」と後回しにしていたらF1観戦を挟むことになりようやく感想を書くと言うところにありつけた。

前週のラストで詩に名刺を渡したことがきっかけでしばらく米田家(姉ちゃんって結局神戸に住み続けているのか…?)に預かることに。そうしていくうちに姉ちゃんは詩を家族として引き取るぞと言い出すと言う流れ…だった気がする。いやーだって最後に見てから2週間近く経ってるからね。すぐに感想書こうね。

そんな決意をもって児童養護施設の人からそういう手続の話を聞いていくうちに姉・歩の顔が曇り、結を呼び出して相談。詩を預かるのは無理かもしれんと泣き言を言って木曜日の会が終了。ここに来てちゃぶ台を返すような展開、そして残りは金曜日の15分だけ。他人を預かる?/預かるのを諦める?の展開をどうやって15分に凝縮するのか?!

△リアタイに向けて木曜日の回まで視聴したときの感想

さて、金曜日の最終回が始まる。半泣きで泣き言を言っている仲里依紗演じる歩、そして橋本環奈演じる結の顔のカット。一切曇りのない顔である。これは、、、もしかして

「なんいおうとお姉ちゃん」

と結。そして児童養護施設の人が言うことなんて全部仮定の話やんけ、今この瞬間楽しんで生きるギャルらしくないやんと続き、私ら神戸の人や糸島の人たちに育ててもらったやん、同じようにみんなで詩を育てていこうと歩に諭す。はい解決。忘れてましたギャルマインド。そういう話でしたわ。

そうして詩と米田家(すでに父ちゃんと母ちゃんは糸島に帰っているのでここでは結の一家と歩、そして詩)とご飯を食べるわけである。このご飯を食べるときに結が詩に「たべり」とうどんのようなものを渡すのであるがこのおむすびの物語を象徴するのようなだった。

しかし最終回で特にすごく引き込まれたのが最後のシーン。時は流れ令和7年の1月17日。阪神淡路大震災の追悼式典の映像から始まるあの世界の朝ドラ(劇中のテレビ画面から流れている映像自体は”おむすび”の1/17放送回と同じ)が流れ、姉ちゃんが「今年も行くの?」とおむすびを握って弁当に詰めている結に聞く「うん」と。場所が変わり神戸の街が一望できる公園に。そこには一人の女性がベンチに座っている。この時点でピンときている人はいるかも知れなかったが私はそれが誰なのかわからず。おばあちゃん?母親?それにしては老けすぎている。その女性に合流する形で結が登場し、ベンチに座って朝握っていたであろうおむすびをその女性に渡す。女性がそのおむすびをもらって一言「あったかいね」

その時に↑で出てきたおばちゃんということに私も気づく。そうか!結はこのおばちゃんと繋がっていたのか!!特にこの女性と結との関係性は劇中では↑のシーン以外描かれていないが、スーパー生真面目な結がこのことを悔やんでいてこのおばちゃん見つけ出してしっかり謝っている(?)だろうとしっかりと描いてはないがそうだろうと納得させるそういう作りに感動した。このシーンの有無で評価がぐっと変わるそんな結末だったのだが、そういう感動をどうやって文章として書けばいいのかと悩んでいたのもあまりに感想が遅い理由の一つである。

まあ我々みたいな素人が書く文章よりもしっかりとしたライターがしたためた文章を見ていただければ私がどう感動したのかということがよく分かると思う。はい。

令和7年になって我々と同じようにテレビで朝ドラを見ているという構図があるおかげで今もどこかで結たちが生きていて過ごしているような錯覚に思わせる作りもエモいっすよね。(すぐエモいっていう。)

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