読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

プリンはおやつに入りません

忘却の彼方へいかないようにする備忘録的な何か

Twitter Flickr Instagram

風立ちぬは戦争映画ではないし恋愛ものでもない…かも。

さて、先日↓

というわけで、風立ちぬを見てきました。

ネタバレっと言っても、堀越二郎は最後に零式艦上戦闘機、通称零戦を作り上げるし、ヒロインは死んでしまいます。ええ、わかってますわかってます。

まず第一に指摘したいのが、ヒロインとの恋愛描写が少ない。
↑目当てでくる人にとって、ヒロインが登場さえしない序盤は退屈でしかないのでは?と思うほどほったらかし。
出会いはほぼ最初にあるのだが、その後は主人公が思い起こす描写はない。だからこっちも忘れるくらい。
さらにいうともう唐突に死にますみたいな展開に。
でも、二郎氏の一途な思いというのはひしひしと感じる。でも仕事>嫁な人という気がしないでもない(笑)。


また声優起用が非常に予想の斜め上、まさかの宮崎駿の同業者、庵野監督だった点について。
そりゃ、全くの素人使ったらこうなりますわなあという感じ。
棒読み。大事な場面も棒読み。救いなのが割りとキャラの性格に棒読みセリフが馴染んでいる点。でも、棒読み。

と、ざっくり批判したあとは、表題へ。

零戦の設計者の話ということはどう考えても時代背景、太平洋戦争の初期を必ずしも描いてくるんだろうなと予想していたのに、何とこの零戦、最後の最後しかでない。
それは戦争反対のスタンスをとる宮崎駿だが、実はミリタリーおたくということが理由。
つまり今回の映画では兵器としての戦闘機としてではなく、美しい飛行機をつくる夢を叶える映画として風立ちぬを制作した。という感じだろうか。
だから戦争を美化している、零戦が素晴らしい『戦闘機』とこの映画から捉えるのは間違い。
ただただ二郎氏が到達した美しい飛行機が零戦だったかもしれないということだけ(それでも最後に零戦でしにゆく人たちに涙してたが)。
まあ戦争反対と兵器好きの矛盾を楽しむ映画と言ったところと認識してます。

他にも、時代が丁寧に描かれている(結核だって今なら治る病気だし、死ぬことはなかった)し、ジブリらしいキャラクターがいたりして、非常に個人的には面白かった。

っと俺は風立ちぬを鑑賞するまで勘違いしてたというお話。